大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)2436号 判決

被告人 野元又男

〔抄 録〕

論旨は、原判決は、判示第三の事実について、被告人は自動車運転の業務に従事しているものであると認定判示した上、右事実について刑法二一一条前段を適用しているが、しかし、右業務性を認定するについては、被告人において社会生活上の地位に基き自動車の運転を反覆継続したことを認めるに足るべき証拠が必要である。しかるに本件に於ては、これを認めるに足るべき証明は不充分である。即ち、被告人の職業は大工であり、運転免許証も取得しておらず、自ら自動車を所有していないし、自動車運転の業務に携つてもいない。また、本件では、たかだか被告人が過去において数回自動車を運転したことを証明する証拠は存在するけれども、これだけでは、その運転の目的も明らかでないばかりか、どの位の期間に何回運転したかも不明であるし、被告人が反覆継続して運転したか否か疑問である。それ故、被告人が自動車運転の業務に従事したことは証明不十分であつて、原判決が右業務性を認定した上刑法二一一条前段を適用したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在するばかりではなく、刑法二一一条前段の業務の意味を拡張解釈してこれを適用したものであつて、法令解釈適用を誤つた違法があると主張する。

よつて按ずるに、刑法二一一条前段にいわゆる「業務」とは、人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞のあることを必要とするけれども、職業としてこれを為すことを要しないことは勿論、本務の付随的業務としてなすことを必要としないのであつて、いやしくも社会生活上の行為として当該危険な行為を反覆継続して為す事実の存する限り、刑法二一一条前段の「業務」に当たると解すべきである。本件についてこれを見ると、なるほど被告人の職業は大工であり、自己に運転免許証を取得していないし、また自動車を所有していないことは、所論主張の通りであるが、しかしこれらの事実は、右業務性を否定し得るものではない。被告人は原審公判廷で、空地で自動車を運転したことがあり、道路上では二、三回運転したことがある旨供述し、原審で適法に証人として取調べられた、被告人の雇主である田口睦夫の如きも、被告人は工事現場の構内で自動車を動かすことがあつた旨証言しており、原判決が証拠に掲げている被告人の検察官に対する昭和四五年三月一三日付供述調書中には「自動車運転練習は四年位前からしていた。実際に道路に出たことは、まれで三、四回位ある。仕事の現場から昼飯の食堂まで五〇〇米位の距離を運転した。一番最近は一週間位前のことである。自動車の運転免許をとりたいと思つていたが、まだ教習所にも行つていないし、試験を受けたことはない。(本件事故の当時)自動車を運転していた斉藤さんが「一寸降りてくる」といつて下車してしまい、私一人となつた時に、その辺りを一回りしてきようかと考え、運転席に座り直して運転を始めた。自分では道路の運転も一応自信があつた。そのため酒に酔つていても運転できるという考と酒の勢いで一つやつてやる気になつた。」旨の供述記載があり、なお原審で適式に証拠調のなされている略式命令謄本によると、被告人は昭和四二年七月二二日無免許で原動機付自転車を運転したかどにより同年八月二日罰金三万円に処せられているのであつて、以上を綜合すれば、被告人は自動車の運転免許を取得したいと考えて、四年前から自動車運転の練習を始め、今迄少くとも仕事場現場の構内で再三自動車を運転し、道路上でも三、四回位運転したことがあり、本件当時においては、道路上の運転にも一応の自信があると考えていた事実が認められるのであつて、これによれば、被告人は社会生活上の行為として自動車運転を反覆継続していた事実を認定するに充分であるというべきである。しからば、原判決が被告人が自動車運転の業務に従事していたと認定し、よつて、原判示第三の事実につき刑法二一一条前段を適用したのは、相当であるというべく、原判決には所論の如き事実の誤認や法令解釈適用の誤りは存在しないから、右所論は採用できない。

(井波 足立 丸山)

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